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福岡高等裁判所 昭和33年(ネ)497号 判決

控訴人 被告 合資会社新米安商店 代表者無限責任社員 坪上敬

訴訟代理人 身深正男

被控訴人 原告 新高商事株式会社 代表者取締役 山本三郎

訴訟代理人 大家国夫

主文

原判決中控訴人関係部分を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金七五万円及び内金四七万円に対する昭和三一年一二月一日より、内金二八万円に対する昭和三二年七月一一日より各完済まで年六分の割合による金員を支払わなければならない。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人関係部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並に証拠の関係は、被控訴代理人において、民法上の債務引受に関する従前の主張は撤回する。訴外有限会社米安商店が控訴会社に営業譲渡したのは控訴会社設立の日である昭和三一年一一月二七日か、さもなくば同年一二月一五日である。右営業譲渡の効果として(一)商法第二六条により営業譲渡人たる訴外会社の営業上の債務である本件手形債務につき、控訴会社もまた支払責任がある。すなわち「有限会社米安商店」と「合資会社新米安商店」とは極めて類似する商号であり、この場合は商号の続用あるものと認むべきである。(二)仮りにそうでないとしても、商法第二八条により控訴会社は本件債務の支払責任がある。すなわち訴外有限会社米安商店は主要食糧の小売販売を主たる営業としたものであるが、昭和三一年一二月一五日附をもつて控訴会社との間に契約書(甲第六号証)を作成し、控訴会社は訴外会社からその営業上の施設等を譲受け、且つ訴外会社の一切の債権債務を承継する旨を記載しこれを一般に公表したものである。右は食糧管理法施行規則第二二条の二第二項第三号、同条第三項、第二三条に依拠したものであり右債務承継に関する書面は福岡県知事に提出され、知事の決裁を経て県公報に掲載され、なお門司市役所にも公表のため備付けられ、且つ市公報にも掲載されている。これは商法第二八条の広告に該当すること勿論である。(三)仮りに以上の主張が理由ないとすれば、訴外有限会社米安商店と控訴会社との間に、昭和三一年一二月一五日控訴会社の一切の債務を引受ける旨の契約をしたのであるが、右は訴外会社の全債権者を受益者とする第三者のためにする契約であるから、被控訴人は本訴(昭和三五年三月九日の口頭弁論)において控訴会社に対し受益の意思表示をする。よつて被控訴人は控訴人に対し直接本件手形金の請求権を取得したものであると述べ控訴代理人において、右営業譲渡、商号続用、債務引受の広告、第三者のためにする契約に関する被控訴人の主張事実は全部否認する。本件手形はいずれも訴外有限会社米安商店が訴外合資会社三益煉炭製造所から煉炭を買受ける契約をし、その代金の前渡金支払のため振出されたものであるが、その後三益煉炭製造所は営業不振に陥り現品納入ができなくなつたため、昭和三一年一一月一五日右煉炭売買は当事者間において合意解除された。そこで本件各手形振出の原因関係においては、訴外有限会社米安商店は何らの支払責任も負担しないのである。そして本件手形中昭和三一年一〇月二五日振出、金額一三万円の手形は期限後裏書により被控訴人が取得したものであるから、振出人たる訴外会社は右人的抗弁をもつて被控訴人に対抗し得るものである。但し右手形の第一裏書の被裏書人たる訴外安田要が手形取得当時右人的抗弁につき悪意であつたことは主張しないと述べ、新証拠として控訴代理人は乙第一号証、第二乃至第六号証の各一、二、第七号証を提出し、当審証人勝部伝一、同尾家忠之の各証言並に当審における控訴会社代表者本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人は乙第二号証の一、二及び第七号証の各成立を認め、その余の乙号各証は不知と答えた外、原判決の事実の記載と同一であるからこれを引用する。

理由

訴外有限会社米安商店は訴外合資会社三益煉炭製造所を受取人とする左記五通の約束手形を振出し、右受取人会社は内(一)(二)(四)(五)の各手形を各満期前に被控訴会社に裏書譲渡し、(三)の手形を満期前に訴外安田要に裏書譲渡し、同訴外人は右手形を満期後である昭和三一年一二月五日被控訴会社に裏書譲渡したことは当事者間に争がない。

金額 振出年月日 満期年月日 振出地及び支払地 支払場所

(一)金一四万円 昭和三一、九、二六 昭和三一、一一、三〇 門司市 株式会社正金相互銀行門司支店

(二)金二〇万円 〃 三一、九、二八 右同 右同 右同

(三)金一三万円 〃 三一、一〇、二五 右同 右同 右同

(四)金一四万円 〃 三一、一〇、二四 〃 三一、一二、三一 右同 右同

(五)金一四万円 〃 三一、一〇、三一 右同 右同 右同

各成立に争のない甲第一、第二、第四号証によれば、右(一)(二)(三)の手形はいずれも当時の所持人により支払呈示期間内に支払場所に呈示されたが、その支払を拒絶されたことを認めることができる。しかし(四)(五)の手形はいずれも支払呈示期間内に支払のための呈示がなされたことを認むべき証拠はない。

各成立に争のない甲第六号証(甲第一五号証の二も同じ)、同第七乃至第一四号証、乙第七号証、当審における控訴会社代表者本人の供述により成立を認め得る乙第一号証に原審証人山県迪彦、同樋口幸夫、同村上一男、同藤田敏男、当審証人尾家忠之(後記措信しない部分を除く)の各証言を総合すれば、訴外坪上弥六は終戦前から「米安商店」の商号をもつて主要食糧及び薪炭類の小売販売を個人で営業していたが、昭和二五年六月頃有限会社米安商店を設立し、従前の個人営業をそのまま同会社に引継いで同一営業を続け、昭和三一年一一月二六日右有限会社を解散して翌二七日控訴会社を設立し、有限会社時代の施設、備品及び従業員全部を控訴会社が引継ぎ使用し、有限会社の社屋と同一社屋で従前と同一の主要食糧及び新炭類小売販売業を継続したこと、特に主要食糧販売については、同営業の登録官庁に対し、従前の米安商店の主要食糧販売に関する一切の債権債務を控訴会社が承継した旨の届書を提出し、もつて同営業の名義変更の手続を了したことを認めることができる。右認定の事実に徴すれば、訴外有限会社米安商店と控訴会社との間には控訴会社が設立された頃、主要食糧販売についてのみならず、薪炭類販売の部門についても営業譲渡がなされたものと推認するのを相当とする。当審証人尾家忠之の証言及び当審における控訴会社代表者本人の供述中右認定に副わない部分は前掲諸証拠に照らし容易に措信できず、その他控訴人の提出援用する全証拠によるも右認定を左右することはできない。

そこで本件の場合、営業譲渡人たる訴外有限会社米安商店と、その譲受人たる控訴会社との間に、商法第二六条所定の商号続用の関係があるかどうかについて考える。右商法第二六条は以下数条とともに昭和一三年法律第七二号による商法中一部改正の際新設された規定であつて、その立法趣旨とするところは、営業譲渡により当事者間において債務の承継が約されても、債権者と譲受人との間に債務引受の契約がなされない以上、債権者は譲受人に対し直接の請求権を取得しない理であるが、営業譲受人が譲渡人の商号をそのまま続用する場合、または従前の商号に継承関係を示すべき字句を附加した新商号を使用する場合は、譲渡人の営業上の一般債権者は、営業主の更替を知らず、またはこれを知つても、譲渡人の債務が譲受人により引受けられたものと考え、新営業主に対し何時でも権利行使ができるものと信ずることが常態であるとし、この第三者の信頼を保護するため、画一的(但し同条第二項の場合を除く)に設けられた特別規定であると解されている。この観点の下に本件の場合を考察すれば、「有限会社米安商店」と「合資会社新米安商店」即ち控訴会社とは、会社の種類を異にし、且つ「新」という継承的字句が加えられたのみで、商号の主体部分と認められる「米安商店」には変動がないのであるから、商法第二六条の関係においては、後者は正に前者の商号を続用するものと認めるのが相当である。

そうであるとすれば、訴外有限会社米安商店が負担した本件手形債務(他に特段の事情の認められない本件においては同会社の営業上の債務と認めなければならない)については、その営業譲受人である控訴会社もまた支払責任あるものとなさなければならない。

控訴人は前記(三)の手形につき、被控訴人に対する裏書が期限後裏書であることを理由に、手形の原因関係に基く人的抗弁を主張するけれども、同手形の第一次の被裏書人(満期前裏書)である訴外安田要の悪意の点については、何らの主張立証もしないから、右抗弁はそれ自体理由がないものといわなければならない。

以上により被控訴人の本訴請求は、爾余の争点に対する判断を待たず、本件手形金合計七五万円及び前記(一)(二)(三)の手形金合計四七万円に対する各手形の満期後である昭和三一年一二月一日以降、同(四)(五)の手形金合計二八万円に対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三二年七月一一日以降各完済まで年六分の法定利息の支払を求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、右と異なる原判決を変更することとし、民事訴訟法第三八六条第九六条第九二条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 竹下利之右衛門 判事 小西信三 判事 岩永金次郎)

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